カースト集団の形成 <旅行・インド・宗教>
7、8世紀、インド亜大陸各地で中世的社会が形成されはじめたが、その重要な一環として、一般にインド諸語でジャーティとよばれる社会集団すなわちカーストも形成されはじめた。
インド中世において、クシャトリヤという社会階層を代表したのはラージプートとよばれる集団であった。
ラージプートという呼称は「王の子」ということばから派生したもので、北インド各地に勢力を張った武人諸集団の総称というべきものである。
ラージャプトラということばは8世紀ごろから碑文などに見られるので、このころにはある程度の集団的結集を遂げていたと考えられる。
他方、シュードラという社会階層に属するとされるカーストのもっとも早い事例の一つは北インドのカーヤスタである。
カーヤスタは、もともとは、書記という職業を表すことばであったが、それが固定的な社会集団を意味するようになってきたのである。
10世紀ごろの『ベーダ・ビヤーサ法典』では、カーヤスタは大工、床屋、牛飼い、陶工、花菜栽培人、農民とともにシュードラの階層に属するとされている。
このようにカースト集団形成の一つの大きな契機は職業の共通性であったと考えられる。
これらの諸カーストがシュードラの社会階層に属するとされていることは玄奘の記述と一致し、当時の実体を表していると考えられる。
中世南インド、タミル地方の石刻文にも、多くのカースト名が記載されているものがあり、その中にはチェッティ、ワーニヤといった商人カーストの名前や、パライヤルという被差別民の名前も見られる。
これらは今日にまでつながるカーストである。
インド中世において、クシャトリヤという社会階層を代表したのはラージプートとよばれる集団であった。
ラージプートという呼称は「王の子」ということばから派生したもので、北インド各地に勢力を張った武人諸集団の総称というべきものである。
ラージャプトラということばは8世紀ごろから碑文などに見られるので、このころにはある程度の集団的結集を遂げていたと考えられる。
他方、シュードラという社会階層に属するとされるカーストのもっとも早い事例の一つは北インドのカーヤスタである。
カーヤスタは、もともとは、書記という職業を表すことばであったが、それが固定的な社会集団を意味するようになってきたのである。
10世紀ごろの『ベーダ・ビヤーサ法典』では、カーヤスタは大工、床屋、牛飼い、陶工、花菜栽培人、農民とともにシュードラの階層に属するとされている。
このようにカースト集団形成の一つの大きな契機は職業の共通性であったと考えられる。
これらの諸カーストがシュードラの社会階層に属するとされていることは玄奘の記述と一致し、当時の実体を表していると考えられる。
中世南インド、タミル地方の石刻文にも、多くのカースト名が記載されているものがあり、その中にはチェッティ、ワーニヤといった商人カーストの名前や、パライヤルという被差別民の名前も見られる。
これらは今日にまでつながるカーストである。
update:2010年02月24日
